年末年始、出来ればのんびり寝てみましょう

皆様こんにちは。副院長の小野容岳です。さて、2025年ももう少しで終わりを告げ、2026年がやってきます。
夏にはサッカーワールドカップ、冬には冬季オリンピックと、色々なイベントが待っていますね。
さて、2025年最後の本コラムでは、

・睡眠負債の解説
・年末の賢い睡眠方法

についてわかりやすく解説したいと思います。もしお時間がおありでしたら、のんびりお読みください。

当院では閉塞性睡眠時無呼吸症候群に対するCPAP療法を数多く実施しておりますので、データを拝見する際に睡眠のリズムがよく見えます。そうしますと、毎年年末は仕事・忘年会・帰省準備で生活リズムが崩れやすく、「平日は削って、休みに一気に寝る」というパターンの患者さんが急増します。ここでよく登場する言葉が睡眠負債というものです。これはStanford大学の著名な先生が提唱した概念ですが、「本来必要な睡眠が日々不足し、その不足分が蓄積した状態」を指します(※“睡眠は貯金できない”ので、厳密には“負債を抱える”イメージが近いです)。この負債というワードが絶妙でして、この睡眠の借金は緩やかにではありますが、雪だるま式に大きくなっていき、我々の健康を損なうのです。厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」でも、休日の長寝は、体内時計のずれ(社会的時差ボケ:Social Jetlag)を招くことが示されており、あまりお勧めできないのが現状です。勿論ハードワークした平日の疲れを癒すため、ちゃんと眠るのは良いのです。ただ、出来れば起きる時間を変えず、リズムを崩さないようにした方が健康的ですね。また、実は過去の論文で、5日程度睡眠不足であった場合、3日ほど完全に自由に寝たとしても、実は脳のダメージは癒えないことが示されています。つまり、休日の寝だめで平日の日中の眠気やダメージが完全には解消しない可能性が示されているんですね。

では、年末年始はどう過ごすのが良いのでしょうか。
結論から言うと、年末年始の長期休暇は、「寝だめではなく立て直し」に使うのが最も賢い、ということです。


1) なぜ睡眠負債は厄介なのか:自覚しにくく、ミスの温床になる

睡眠不足には「徹夜」のような急性のものだけでなく、短い睡眠を繰り返して蓄積する慢性的な睡眠不足があります。日本睡眠学会の解説でも、慢性的な睡眠不足は、眠気や疲労を自覚しにくくなる傾向がある一方で、認知機能には影響が出て、ヒューマンエラーのリスクが高まると述べられています。(日本睡眠学会)
つまり、「自分は慣れているから大丈夫」は、実は一番危ないサインなのです。また、「ショートスリーパー」と呼ばれるような、短時間の睡眠時間で十分に脳や身体の疲労が回復し、高いパフォーマンスを発揮できる方はごくごく稀です。正確なデータはないのですが、全人口の0.1%以下ではないかと考えられており、1000人を超える大企業のオフィスの中に1人いるかどうかというレベルです。つまり、医学的な「ショートスリーパー」の方以外で、短時間睡眠で何とかなっているとお感じの方は、睡眠不足の感覚が鈍りつつも、技術や精神力でカバーし、残念ながら命を削っているというのが正確な理解になります。
さらに睡眠負債は、精神・代謝・内分泌系にも影響し得ます。古典的ですがインパクトの大きい研究として、若年男性で「就床4時間×6夜」の睡眠制限を行うと、回復睡眠(就床12時間)を与えた条件と比べ、耐糖能低下・甲状腺系ホルモン変化・夕方のコルチゾール上昇・交感神経活性の増加などが観察され、睡眠負債が代謝・内分泌に悪影響を与えうると示されています。(Lancet. 1999) つまり、血糖値や血圧の乱れ、イライラ、抑うつ、太りやすさなど様々な悪影響があるということなんですね。


2) 「寝だめ」が万能ではない理由:体内時計がずれる

休日に長く寝ると、起床が遅れ、就寝も遅れやすくなります。これが社会的時差ボケ(Social Jetlag)です。厚生労働省や日本睡眠学会の調査では、週末の睡眠負債の取り戻しが、時差地域への旅行を繰り返すことに似た状態になり得る点、そして社会的時差ボケが肥満・糖尿病、心血管疾患、うつ病などのリスクと関連しうることが述べられています。実際、社会的時差ボケと肥満との関連を示す報告もあり、起きる時刻のズレは見逃せないんですね。(Cell)

ここまで聞くと「じゃあ長く寝ない方がいいの?」となりますが、そうではありません。年末年始の価値は、“まとめ寝”ではなく“数日かけて整える”ことにあります。


3) 年末年始の本題:「制限なく眠る」と、概ね4日目に“適性睡眠”へ収束しやすい

このテーマの根拠として重要なのが、日本の研究グループによるScientific Reportsの研究です。研究では、連続した“十分な睡眠機会(extended sleep)”を与えたときの睡眠時間の推移から、個人ごとの最適睡眠時間(OSD:optimal sleep duration)を推定し、日常の睡眠時間との差を潜在的睡眠負債(PSD:potential sleep debt)として評価しています。そして非常に示唆的なのが次の点です。

  • 「1時間の潜在的睡眠負債(PSD)を、最適レベルまで回復するのに4日かかる」
  • 回復は眠気だけでなく、糖代謝や甲状腺系、ストレスなどの改善とも関連した (Nature)

この結果は、年末年始のように「目覚ましをかけず、眠気に従って眠る」日が連続すると、最初の数日は“反動(リバウンド)”で長く眠り、4日目あたりから“自分に必要な睡眠量”に近づいていく可能性が高いことを意味します。別の研究でも、長い就床機会を連日与えると、睡眠が多日で変化しながら一定の“定常状態”へ向かうことが示唆されています。(PMC)
ただ、勿論ベースに閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)や不眠症、うつ病など他の疾患がある場合、睡眠に関して時間だけでは語れない要素がありますので、睡眠時間を確保してもなおお困りごとがあるのなら、是非睡眠専門外来へご相談ください。


4) 年末年始の“睡眠負債リセット”実践プラン(現実的に、休暇明けも楽にする)

さて、年末年始などのまとまった休暇でできることを考えてみましょう。
ポイントは「返済→収束→復帰」の3段階です。

Day1〜Day3:返済フェーズ(寝たいだけ寝てよい)

  • まずは眠気に正直に。眠いなら寝る。夜の面白いテレビ番組は、録画かネット配信に切り替えましょう。
  • 起床が昼過ぎになりそうな日は、起きたらカーテンと窓を開けて直射日光を浴びる。天気が良ければお散歩しちゃいましょう。
  • アルコールは「寝つき」だけを見ると楽ですが、睡眠の質(途中覚醒)を悪化させやすいので、控えめに。出来れば休肝も兼ねてみるのも良いでしょう。

Day4〜:収束フェーズ(“体が求める睡眠量”に近づける)

Kitamuraらの結果を踏まえると、ここからが本番です。(Nature)

  • 起床時刻を固定する(寝る時刻より、まず起きる時刻)。
  • 日中の眠気が残るなら、昼寝は「短く・早く」。30分以上の昼寝は禁止です。長い昼寝や夕方以降の仮眠は夜の睡眠を崩します。
  • 「寝ても寝ても眠い」が続く場合は、睡眠負債以外(OSAなど)も疑ってください。睡眠専門外来の出番です。

休暇最終2日:復帰フェーズ(休み明けの時差ボケを作らない)

  • 平日モードの起床時刻へ、毎日15〜30分ずつ前倒しをして、出勤日に向けた調整をしましょう。
  • 夜の強い光(スマホ・PC・部屋の照明)は入眠を遅らせやすいので、夕方以降のリビングは暗めにしてみましょう。


5) 「あなたの適正睡眠時間」は何時間?

米国睡眠医学会(AASM)とSleep Research Societyによる成人の推奨睡眠時間は、健康な成人は一般に7時間程度が良いとされています。(PMC)
ただし、これは「万人に同じ時間」という意味ではなく、個人差があります。だからこそ年末年始に、いったん制限を外して眠ってみることには価値があります。数日かけて睡眠時間が“落ち着く先”は、あなたの体が示す大事な手がかりです。7時間に絶対こだわる必要はなく、7時間半くらいがちょうど良い人もいれば、8時間くらいは必要だという方もいらっしゃいます。睡眠は頑張って得るものではなく、体や頭が疲れた結果、気づいたら眠っていた、という状況が理想です。


受診の目安

  • 十分寝ても強い眠気が続く
  • 大きないびき、呼吸停止の指摘、起床時頭痛
  • 睡眠時間はあるのに「休まった感じ」がない
  • 休日に寝ても寝ても足りない/逆に平日の夜に眠れなくなる

睡眠負債の陰に、治療可能な睡眠関連疾患が隠れていることは少なくありません。
もしも当てはまる点があれば、是非日本睡眠学会が認定している施設や専門医のもとへお越しください。


それでは来る2026年が、皆様にとって佳い一年でありますように。



引用文献

  1. Kitamura S, et al. Scientific Reports. 2016. (Nature)
  2. Spiegel K, Leproult R, Van Cauter E. The Lancet. 1999. (PubMed)
  3. 厚生労働省. 健康づくりのための睡眠ガイド2023(案) (厚生労働省HP)
  4. Watson NF, et al. Sleep. 2015. (PMC)
  5. 日本睡眠学会ホームページ(睡眠と社会)(日本睡眠学会)
  6. Klerman EB, et al. Frontiers in Physiology. 2021. (PMC)
  7. Roenneberg T, et al. Current Biology. 2012. (Cell)