不眠症ってなんでしょう

1. 不眠症とは何か

 厚生労働省の指針や国際疾病分類(ICD-11)では、「寝つきに30分以上かかる」「夜中に何度も目覚める」「早朝に目が覚める」「眠りが浅く熟眠感がない」などの症状が、週3回以上かつ3か月以上続き、昼間の倦怠感や集中力低下など社会生活に支障をきたす状態を不眠症と定義しています。単に寝不足を感じるだけでなく、「睡眠の質と量が不十分で、日中機能障害があるか」が重要なポイントです。
 つまり、この基準からわかるように、1ヶ月の中でなんだか眠れないなと感じる日が多少あっても、それは病気ではないのです。勿論、我々睡眠診療医としては「病気ではない」から治療しないわけではなく、人間の体調のゆらぎの中で、そんなこともあるのだなぁということをお伝えしたいのです。
 極端な話ですが、身の回りで辛く悲しい事があればぐっすりと眠れないでしょう。大事なコンテストや会議が控えていれば、ドキドキしてしまいますよね。学生も社会人も、日常の中で必ず何かの変化に直面しますので、その結果として眠れなくなるということが発生しても、それは自然なことなのです。ただ、あんまり眠れないのは体の調子もさらに悪くなってしまいますので、お薬に助けてもらったり、生活のなかの工夫を重ね、ぐっすり眠るためにご相談頂ければと我々は思っています。

2. 必要睡眠時間の目安

 必要睡眠時間には個人差がありますが、米国睡眠医学会の勧告では18〜64歳は7〜9時間、65歳以上は6〜8時間が推奨範囲とされています。6時間未満でも日中に眠気や体調不良がなければ必ずしも問題とは限りませんが、慢性的に5時間以下の場合は心血管リスク増加が報告されています。逆に9〜10時間を超える長時間睡眠もうつ病や代謝異常と関連するため、「自分が日中最も調子よく過ごせる睡眠長」を探すことが大切です。
 もし夏季休暇でのんびり過ごせるのであれば、4日間程度はアラームを付けずにお休みになってください。もしも病気が無いのなら、だいたい4日目に得た睡眠時間が、あなたの体が欲している睡眠時間となる事が多いです。

3. 理想的な寝室環境

 ぐっすりと眠るには、寝室の環境を整備する事が重要です。下記の項目のうち、ご自宅でできることはありませんか?

  • 温度:18〜25℃、湿度は50%前後が入眠に適した範囲です。
  • :就寝30分前には300 lx未満にし、就床時は出来るだけ真っ暗にしましょう。
  • 騒音:35 dB以下が理想です。自然音を取り入れるのも手ですが、静かにしてみましょう。
  • 寝具:体圧を分散し、寝返りしやすい硬さ。枕は頸部が自然にまっすぐ保てる高さが良いですね。
  • デジタル機器:情報を求めて操作する行為そのものがメラトニン分泌を抑えるため、就寝1時間前にはスクリーンオフ。

4. 睡眠薬に対する考え方

     「睡眠薬」と聞くと、なんだかちょっと怖いな・・・と感じる方も少なくありません。推理小説やドラマでも睡眠薬を用いた描写がありますし、依存性とか副作用とか、いろいろと心配になるのも頷けます。でも、実はここ数年でいわゆる睡眠薬の種類がぐーっと広がってきたのです。かつては依存性の高い薬が多く、なかなかお薬を卒業できない方もいらっしゃいました。しかし、現在は翌朝に効果を持ち越さず、自然にぐっすり眠るのをサポートしてくれるお薬も存在します。勿論個々人の相性や持病との関係もありますので、もし不眠でお困りのことがあれば、我慢せずにご相談ください。
     では、どんなスタンスで睡眠薬と向き合えばいいのでしょうか。それは・・・
     
    「睡眠薬は、困った時の緊急避難先である」
     
    ということです。理想的な睡眠とは、「朝起き、昼活動し、しっかりご飯を食べ、そして自然と生まれる眠気と共に眠る」という何の変哲もないものなのです。ただ、先ほどお伝えしたとおり、病気のせいであったり、嫌な記憶のせいであったり、様々なストレスによって人間の睡眠は悪影響を受けてしまいます。その中で、確かに時間が忘れさせてくれるものなど精神的な要素は少なくないですが、とはいえ眠れないのも困ってしまいます。その時の緊急避難として、睡眠薬が助けてくれるのです。そして、色々と日中の活動の工夫を試していく中で、眠れそうであればお薬を減らし、そして卒業するということができれば何よりだと思います。
     なお、睡眠薬の調整については繊細なコントロールを要することもありますので、ご自身で判断せず、主治医と相談されることをお勧めいたします。


    まとめ

    不眠症は睡眠と覚醒のバランスが崩れ、日中の生活に支障を来す慢性疾患です。睡眠薬は症状を一時的に緩和する「魔法の杖」のような役割ですが、依存や副作用リスクを避けるためには最小限にとどめ、睡眠に対する認識の修正や睡眠環境の整備で根本原因にアプローチすることが重要です。自分に合った睡眠時間と環境を見極め、必要なら専門医に相談しながら、薬と非薬物療法を賢く併用して「眠れる毎日」を取り戻しましょう。横浜呼吸器クリニックでは、睡眠時無呼吸症候群や不眠症など、ぐっすり眠れない病気の治療を得意としています。お困りのことがあればご相談ください。