睡眠時無呼吸症候群に対するレーザー治療の合併症について
皆様こんにちは。先日睡眠時無呼吸症候群に対するレーザー治療に関してコラムを投稿したところ、多くのリアクションを頂きましたので、もう少し踏み込んでお話しをしたいと思います。
睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome; SAS)は、シンプルに言えば、眠っている時にしっかり息をすることができず、窒息してしまう病気ですよね。これによって睡眠の質は大幅に下がりますし、血圧や脈拍も上がったり下がったりを繰り返し、到底ぐっすりと休むことは出来ませんね。結果として心血管疾患、糖尿病、認知機能の低下、生活の質の低下など、さまざまな健康リスクを引き起こします。実は夜間頻尿や勃起不全にも影響があったりします。
そしてSAS治療の論点は、つまるところ、睡眠中の気道(空気の通り道)を確保できるかという点に集約されるわけです。これまでSASに対する治療法は様々な研究がなされてきましたが、現在はCPAP(Continuous Positive Airway Pressure)という機械を装着する治療法が第一選択とされています。この治療法の良いところは、薬を飲むわけでもなく、また体にメスを入れるわけでもなく、空気の力で気道を確保するというシンプルさにあります。また、SASを根治することは出来ませんが、逆に言えば、「合わなければやめる」という選択肢が取れるわけです。実際にSASに対する外科的治療(メスやレーザーでのどを切ったり焼く治療)をされる専門の先生方の発表を聴講しますと、患者の嗜好や適応性の問題を見つつ、とても慎重に決断されているそうです。経営的な側面や、経験を積むという点で言えば、どんどん手術をすれば良いはずですが、専門の先生ほどとても慎重に判断されるわけです。それはひとえに、患者さんの短期的・長期的な利益になるかということを考えていらっしゃるんですね。CPAPが合わなくて辛さを感じることも、逆に合併症のリスクを抱えながら生き続けねばならないことも、その道の先生方は様々な経験をされているのです。少なくとも、利益を優先していたずらに手術を勧める先生は、私の周りにはいませんでした。
今回は、その一つであるレーザー治療(Laser assisted uvulopalatoplasty; LAUP)の合併症について詳しく解説します。
主な合併症
1. 術後疼痛と生活の質の低下
レーザー治療後、術部の炎症や神経刺激による強い疼痛が発生する事があります。この疼痛は短くおさまることもありますが、人によっては数週間持続する場合があり、特に食事や会話などの生活の基本的な活動に影響を与えます。
2. 出血のリスク
レーザーによる組織切除は熱凝固による止血効果が期待されますが、深部血管に影響が及ぶ場合や、痛みに伴う血圧上昇などによって出血が生じる可能性があります。仮に比較的大きな血管そ損傷した場合、出血量が増える可能性や、血腫(血のカタマリ)を形成する可能性があり、こいったケースでは生命を脅かす可能性があります。特に不整脈などの心疾患をお持ちの方は、抗凝固薬(血液をサラサラにするお薬)を内服されているケースもあるかと思いますが、その際はさらに止血が難しくなります。実際に手術をされる先生に、よくご確認ください。
3. 感染症
術後の感染はレーザー治療でも発生する可能性があり、術部の腫れや発熱、膿が見られる場合には追加の抗菌薬治療が必要になります。感染症は疼痛や炎症を悪化させるだけでなく、治癒を遅らせ、患者の治療全体の進行に影響を及ぼします。また、のどの周囲の感染症は、悪化すると一時的に気道が狭くなる事があり、膿瘍(膿のカタマリ)を形成した場合は、メスなどで切開排膿しなければならないケースがあります。
4. 瘢痕形成による気道の狭窄
術後の瘢痕組織が過剰に形成される場合、治療の目的である気道拡大が達成されないどころか、逆に気道が狭窄して症状が悪化する可能性があります。この合併症が発生すると、長期的な再手術の必要性が出てきてしまう可能性があります。実際にLAUP後にいびきが悪化した症例が報告されおり、この変化は不可逆的(元に戻らない)ことが多いので、とてもお辛いかと思います。
5. 音声変化と嚥下障害
レーザー治療による軟口蓋や咽頭組織の切除は、声帯の共鳴に影響を与え、声質の変化を引き起こすことがあります。特に職業的な声の使用が必要な方にとっては重大な影響となる可能性があります。アナウンサーの方や歌手の方、あるいは一般的な職業においても、広報活動やセミナー等に携わる方は、リスクが高いかもしれません。また、組織の炎症や瘢痕が嚥下機能に障害を与える場合もあります。特に口蓋垂を切除する術式ですと、ご高齢になってから誤嚥性肺炎の発症リスクが上昇する事が明らかになっています。
日本睡眠学会および米国睡眠学会の見解
日本睡眠学会および米国睡眠学会は、一定レベルの重症度を伴うSASの標準治療として、CPAPを強く推奨しています。これは、過去の研究の蓄積や、CPAP装着者の生存期間、合併症抑制率、医療費抑制率などのデータを踏まえたものです。そのため、外科的治療は限定的な場合にのみ推奨されています。レーザー治療については、長期的な有効性を示すエビデンスが不足していることや、合併症や悪化・再発リスクがあることから、第一選択として推奨されることはありません。
結論
これらの点を踏まえ、レーザー治療はSAS患者に対する治療オプションとして一定の役割を果たす可能性がありますが、患者さんが様々なメリット・デメリットを吟味した上で検討する必要があります。なお、2024年12月時点で、SASに対する一部のレーザー治療は自費診療となっています。仮に自費診療によって合併症が発生した場合、その治療費は10割負担となる可能性がありますので、手術前に仮に合併症が発生した時の対応方法について主治医の先生によくご確認いただくと良いでしょう。当院では、SASに対する外科的治療をご希望される患者さんには、睡眠学会での発表経験や執刀経験が豊富な大学病院、基幹病院へのご紹介を行なっています。
横浜呼吸器クリニックでは、医師が患者さんへ治療を押し付けることは一切いたしません。適切に診断を行い、そして治療方法や選択肢をお示しし、その上で患者さんが納得されるプロセスを重要視しています。患者さんは、治療を受ける権利と同様に、治療を受けない権利もあるわけです。睡眠に関してお困りの事がございましたら、安心してご相談ください。